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2017日9月24日~11月1日

eat beef


9月24日朝、草むらでテントをたたんでいたとき、聞き覚えのある音で空を見上げた。20羽ほどの白鳥の群れが越冬するために北から帰ってきたところだった。“もうそんな頃かぁ” 忘れもしない、トランペットの音色のような鳴き声は春にユーコンで聞いていた。

野営地に連泊してつくった新ハンドルカバーを試しながら、彼らが飛んでいった方角へと進んで行く。なかなかに良い出来で、るんるん気分。使用した生地は北極圏にあるイヌイット文化資源センターで頂いたバッグからのもの。単に防寒という意味ではなく、自分にとってより実用的な形に変えたことで、極北での出会いを身近に感じていられる。

new handlecover

forest fire

25km漕ぐと国境に着いた。イランや他のイスラムの国々の入国履歴があるため不安に思っていたアメリカ入国はその不安をよそにすんなりとしたものだった。入国後そのままロッキー山脈沿いに走行、今夏は山火事が酷く、カナダ側と同じく日によって空はとても煙たかった。モンタナ州を越えワイオミング州にある世界最初の国立公園であるイエローストーン国立公園を訪れた。自転車だと15ドルで7日間園内に滞在できる。園内の大部分が2000mを越える高地で、少し寒いけど紅葉と雪の白のコンビネーションが見られる10月も美しい時期。ただ、峠のたびに天候に嫌われてしまった。

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trees

monmoth springs

10月8日、Dunraven峠 (2700m) にようやく辿り着いたときには吹雪になっていた。視界不良でワイヤーも凍ってよわったことに変速も利かなくなった。山の天気は本当に読めない。長い上りの間にころころと空模様は変わった。上り始めたときは青空が出ていたんだけれど。時間も予想よりもかかってしまい、もう直に暗くなる時間。国立公園内は指定されたキャンプ場に泊まらなければならないのだけれど、身の安全のため止むを得ず峠にあるトイレで朝を待つことにした。

dunraven pass

frozen wires

マイナス15度、この気温では臭いなんてものはない。身を置けるその狭い空間にある非常に邪魔くさい便器がちょっと固めのソファに思えるほどに愛らしく思えた。住めばトイレさえも都になってしまうのか。この雪で峠への道は閉められたようで、峠にいた写真をとってくれたおじさんの車が去り、その後1、2台車が過ぎていってからは有難いことに誰も上がって来なかった。そう思っての判断でもあった。

wc

もともとこの峠は毎年10月10日で閉まる。前日に降った雪でこの日の昼頃まで峠への道は閉まっていたのだけれど、運良くちょうど開いたタイミングで中に滑り込めていた。そうでなければ40km近く同じ道を引き返さなければならなかったので、僕は走れる喜びを感じながら上り始めていた。その数時間後、峠は再び閉ざされ、結局そのまま例年より少しだけ早く野生動物だけの楽園となったようだ。てっぺんのトイレにいる人間をひとり残して。

いったい僕はいつまでこうやって遷都を繰り返し、一夜城を各地に築いては畳む生活を続けるのだろうか。眠りに落ちるまで、雪が建物に吹き付ける音と風の音がやけに大きく聞こえていた。

wc

yellowstone lake

geyser

canyon

old faithful

ao

7日間の滞在の中で、その夜の印象が僕の中であまりに強く残ってしまったわけなんだけれども、大きな滝が水しぶきをあげる壮大なワイオミングのグランドキャニオン、美しいイエローストーン湖を背景にコトコトと水蒸気を噴き上げている間欠泉など他にも印象的なシーンをいくつか見せてくれた。バイソンが闊歩し、警戒心の強いエルクもこの保護区では安心感からか驚くほど開放的で人懐っこかった。

bison

elk

sylvan pass

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Rocky

へっぴり腰でやはり雪の舞うSylvan峠 (2600m)を下り、紅葉で美しい峡谷を過ぎると山脈東麓に広がっているのは荒涼とした大草原。投げ縄を腰に下げテンガロンハットをかぶったカウボーイたちが牛を追う姿が見られ、アメリカ西部開拓時代の歴史の中へと引きずり込まれていく。州中央部には開拓者たちが新しい土地、金を求めて東部から西部のオレゴンやカリフォルニアへ旅をしたときの幌馬車の轍がまだ残っているところもある。人の往来で道ができ、動物がいなくなっていくことに怒った先住民との衝突のほか、厳しい自然環境の中を進んで行く過酷な旅だったようだ。

cows

cowboy

cows and cowboys

西部への移住者が増えるにつれ、東西をつなぐ郵便制度の重要性が増せばそのサービス改善が急がれるようになる。1861年10月末に電信線が大陸に引かれる前は、2年弱の短期間だったようだけど、移民が通っていったのと同じようなルートで、ポニーによる手紙や新聞紙などの郵便物の配達が行われていた。ミズーリ州のセントジョセフから西海岸のサンフランシスコまで片道約10日かけて郵便配達人がポニーに跨ってリレー形式で東西を奔走していたそうだ。さらにそれ以前はなんと東海岸のニューヨークから蒸気船でいったん現在のパナマへ運ばれ、運河が建設される前なので、列車で対岸へ渡されたのち、再びパナマからカリフォルニアへ船で運ばれていた時期もあるそうで。電子メールで瞬時に行えてしまう現代からみると笑い話にしか聞こえないような話だけれど、当時は大真面目でパナマ往復で “how are you? ” が運ばれていた。所要1ヶ月以上かかることもあり、手紙はともかく新聞が西海岸に着くころには紙面のニュースはもういい具合に古くなっていたというのはやはり笑い話だ。蒸気船、駅馬車、ポニーリレー、列車に電信、こうして広大な東西の距離は19世紀の間に急速に縮められていった。

hay field camp

oregon trail

驚いたことに、ワイオミング州はアラスカを含めてアメリカ合衆国でもっとも人口が少ない州らしく、地元民曰く「人間よりも野生動物の数のほうが多い」のだとか。周辺に棲む象のほうがその町の人口よりも多いのをうたっていた町がボツワナにあった記憶があるけど、そんな合衆国内のボツワナのような州の小村で泊めて頂いたティピーの中で横になれば、天井幕の隙間からのぞくのはもちろん寒空一面の星空だ。

tepee

ティピー

Thanks, Paula and Patrick

上着の着脱に忙しい勾配が急な巨大なビッグホーン山脈の峠(2950m)を越えると、再び目が届く限りに広がるクリーム色をした草原の中で、張られた柵などお構いなしに飛び越えてはしゃぐ白尾鹿やアンテロープの群れが見られる。パウダー川盆地は国内最大の炭鉱地帯のようで、大陸を横断する貨物列車が石炭を満載してその長い体をクネクネさせて太平洋沿岸の町へ、あるいはメキシコ湾岸のテキサスの港町へと重い車両を引っ張って行く。山脈から吹き付けてくる強烈な西風は時に敵にもなり、そんなときはこちらのペダルを漕ぐ脚も鉛のように重く指先が凍てつき顔もカサカサになる。過ぎて行く列車を見遣りながら、“わずか150年前、鉄道が敷設される前にはスーやシャイアン、アラパホといった平原に生きる先住民たちが馬に乗って自由にバイソンを追っていた時代がここにあったんだよなぁ“と西部史の中にさらに浸かっていく自分を感じ、その当時の風景を思い浮かべては僕は静かに興奮していく。

field

tongu river

train

beside railway

little bighorn

fetterman

many bisons

bison hunting

入植者に奪われていく土地を守り、狩猟民族としての伝統的生活を守るため、アメリカ軍の侵略に抵抗し、敗れ、文化を破壊された平原先住民たち。その戦いの史跡、彼らの現在の保留地、また聖地とされる場所を訪ねてその後モンタナ州・ワイオミング州を往き来してきた。木々の葉は枯れ落ちハロウィンも終わり、気付けばもう11月。アラスカからの寒気の通り道だそうで、平原にもすっかり厳しい寒さが押し寄せてきた。ロッキー山脈に戻る前に、個人的に強い関心のあるスー族に会うため、また先住民の自由を求めた戦いの終焉と抵抗の象徴の地であるウーンデッド・ニーでの個人的参拝のため、パインリッジ保留地を目指してもう少し東進したいと思う。

mato tipila

in between

ぱんぷきん

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change of season


どうもです、毎度のことおひさしぶりです。
僕は元気にやっています。
ワイオミングからサウス・ダコタ州に入ったところです。

最近はみぞれや雪が降ってばかりです。
止めばすぐ溶けてなくなる程度のものなんですが、風が冷たくどんよりしていてかないません。
明日は太陽がみたいです。明日こそ出てくれるんじゃないかと思います。

みんなもよい一日を過ごしてください。

spearfish


@Spearfish /South Dakota


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hiromu jimbo

Author:hiromu jimbo
I'm in a challenge to cycle around the world
since May 2009,started from Istanbul,Turkey.
Motivation for this journey just comes from big curiosity about the world.I'd like to see and feel the ordinary life of the people living in defferent cultures.

2009年5月末イスタンブールより
自転車世界一周挑戦中です。
世界で起きていることへの大きな好奇心がペダルを回しています。その土地で生きる人の日常生活を見ていけたらと思います。

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*special thanks to sekiji-san

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68,781km (May09-May14)
54,500km (July2014- )

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