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稲作は高地だけでなく海岸部でも行われており、
マダガスカルは朝昼晩3食米がまかりとおる米食文化国。
なんでも一人あたりの米の消費量は世界一だそうで。

こめ

アフリカで広範囲に渡って食されているウガリの類はない。
少なくとも自分は一度も見たことない。

マダガスカルの人々は手ではなくスプーンとフォークを使って食事する。

マダめし

日本と同じような食習慣の中で、
箸を使う文化が生まれていても不思議ではない気がするけど
東アジアで見られる箸使用の文化はマダガスカルにはない。
このへんはとても興味深い。

肉を少しずつ噛み切って口にするのに、僕はフォークよりも箸を使いたくなる。

箸って正直無くても困ることはあまりないと思うけど
どのような経緯で誕生したんだろうか。

似たような食文化の中にあって、
箸利用の習慣が生まれた場所と生まれなかった場所の差って何なんだろう。


箸
※出発前、札幌の友人から


@Jo'burg・SA





中央部に南北に連なる起伏に富んだ高原地帯が中央高地。
標高約1000~1800m前後でアップダウンを繰り返す。

この山間部の傾斜地に見られる階段状に作られた水田風景。
マダガスカルに初めて降り立った自分に、“帰ってきた”と感じさせたのは
この飛行機の窓からちらっと覗けたどこか懐かしい風景だった。

棚田①


シンプルにとても美しい。

”高地での稲作は水はけがよく、大雨が降っても稲が水没することがないという利点があるものの、水田という水を貯める装置を斜面に対し水平に作るのは大変な作業だと思います”

作った人々の苦労を思いながら、
この棚田に限ったことではなく、農業が持つ芸術性に今更ながら気付かされた。

“その試みは農業土木を発達させ、そして人間に工夫することを教えます。農業土木をやる人は器用になります。”

マダガスカルで働いていた経験のあるNさんがそう仰っていた言葉がとても印象的。

人間が作り出した景観の中で、
こんなに心を和ませてくれるものが他にあるだろか。
日本人だからそう思うのかな。

棚田②




@Jo'burg,SA


18th June,2013


I’m on the road to Swaziland which runs through the extensive timber plantations, the cycle computer on my handlebar reads 55,000km. I had thought it was just a pass point for me but I became pensive when it read 54,999km and something that I had not recalled for a long time abruptly came to mind.

ティンバー


In 2003 in Japan, a decade ago, I had embarked on a bicycle tour of western Japan from my home in Kanagawa, next to Tokyo, from late January through to mid-March. Having survived a snow storm in Hokushinetsu during midwinter while dissolving the frozen chain with hot water, one rainy day in February I arrived in Yonago, a main town of western Tottori prefecture, in the Chugoku region. I had been fortunate enough to stay at the apartment of a senior staff member, of which company I was supposed to be a new recruit coming April.

米子


At a certain moment I sensed the need and rushed into the toilet. After taking a seat and recovering my composure, I picked out a book from the small bookshelf in the toilet with my forefinger. This was my first encounter with “Yatta”, the title of the book, written by Tatsu Sakamoto, a Japanese who had done his 55,000km round-the-world bicycle tour from 1995 to 1999, maybe “I made it” or so if I translate without asking the author, which strongly inspired me and turned out to make me have a thought of this journey though it wasn’t until some years later that I could actually decide to bring it into reality. The idea to cycle around the world on a bicycle had never come into my mind by then. It’s hard to say how many times I have ever read it.

A decade since then, 2013 in South Africa. Now I was taking a seat not in the rest room but on my bicycle and riding through the life to experience with a bicycle as much distance as Tatsu-san had done (San is a Japanese honorific title), which I had never even dreamed of.

The distance one has covered or the number of countries one has visited, is not the first concern. Some people can be satisfied with just 1,000km and some can’t be satisfied with 100,000km. However, “55,000” has just always been in my mind. In Serbia, where the cycle computer scored 1,000km, ”The other 55 times”. When it reached 10,000km in Portugal, ”Another 5.5 times to go”. And the halfway point, at the border between Cameroon and Central Africa Republic, ”Still I’m only halfway…” “Tatsu-san, how far on earth did you pedal? ” Every time I have made sure of where I was at the moment using his distance as a standard.

His book provided me with the thing that is worth a certain quantity of my lifetime. I wonder what I would feel if I read the book again now. Apart from the quality of the tour, I caught up with my icon only on the distance and now I don’t have any target for that. All I have to do from now on is just pedaling up to the point that I’m really satisfied so as to be able to say one day “I made it” from the bottom of my heart.

サイクルコンピュータ





2013年6月18日


南アフリカはムプマランガ州、
ティンバープランテーションが広がるスワジランドへと続く道。
サイクルメーターが55,000kmを表示している。
ただの通過点だと思っていたけど54,999kmになったとき、
なんだか物思いにふけってしまって
しばらく思い出すことのなかったことが思い浮かんできた。

10年前、2003年日本。
1月下旬~3月中旬にかけて
実家のある神奈川県を出発し僕は自転車西日本周遊の旅に乗り出した。
どか雪の降る真冬の北信越地方を凍ったチェーンを解凍しながらなんとか生き延びて、中国地方・鳥取県米子市についたのは2月のとある雨の日。

就職が決まっていた会社の先輩のアパートに寝床を得た僕は
あるとき便意を催しトイレの中へ駆け込んだ。
便座に腰を落としひとまず落ち着きを取り戻したあと、
トイレの中の小さな本棚に寄り掛かっていた数冊の本の中から、
僕が直感で指をかけた一冊の本

これが僕と※「やった。」との初めての出会いであり、
この出会いが以降僕に世界を意識させることになっていく。
(実際に実行を決断できたのはそれから数年先になるのだけれど)

自転車で世界一周するなんて発想はそれまでの人生で
ほんの一度も浮かんでさえこなかった。
それからいったい何度読み返したろうか。

10年後、2013年南アフリカ。
今僕は便器ではなく自転車のサドルに腰を下ろし、
達さんが体験した距離を自転車で走る人生を送っている…
そんなこと当時夢にも思わなかった。

何キロ走ったとか何カ国回ったとかそんなに重要なことではない。
1,000km走って満足できることもいれば、100,000km走ったって満足できないこともあるだろう。ただ“55,000”この数字だけはずっと意識してきた。

サイクルメーターが1,000kmを記録したセルビアでは、“あと55倍かぁ”
10,000kmを記録したポルトガルでは、“あと5.5倍かぁ”
27,500kmを記録したカメルーン・中央アフリカ国境では“まだ半分かぁ”

“どんだけ走ってんすか、達さん”

常に達さんの距離を基準に自分の現在地を確かめてきた。

人生の何分の一かに相当するまとまった時間を賭けるに値することを
僕に与えてくれた達さんの本。もう一度、今読み返したら何を思うだろう。

質は全く及ばないけれど距離においてのみ憧れの人に肩を並べることができた。
もう数字は関係ない。あとは自分が本当に納得できるまで走るだけ。

「やった」

いつか自分も心からそう言えるように。



※1995年から4年3ヵ月をかけ自転車で世界を走破された坂本達さんの著書


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hiromu jimbo

Author:hiromu jimbo
I'm in a challenge to cycle around the world
since May 2009,started from Istanbul,Turkey.
Motivation for this journey just comes from big curiosity about the world.I'd like to see and feel the ordinary life of the people living in defferent cultures.

2009年5月末イスタンブールより
自転車世界一周挑戦中です。
世界で起きていることへの大きな好奇心がペダルを回しています。その土地で生きる人の日常生活を見ていけたらと思います。

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*special thanks to sekiji-san

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68,781km (May09-May14)
65,201km (July2014- )

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