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2018年6月20~27日

alegres



メキシコ南部、熱帯雨林帯に属するチアパス州は、マヤの人々が多く住む地域です。山村では精巧な刺繍入りの美しい伝統衣装を纏った女性が歩いていて思わず目を奪われてしまいます。長い雨季の中でも雨が最も多い時期らしく、近い空から毎日のように降り注ぐ滴で、山の緑は青々と生気に満ちており、夜にはその中でホタルたちが揺れながら代わり番こに光を灯しています。

la vista de poblados montanes de Maya

traje traditional de Mayas

temporada de lluvia

高地では山の斜面に村が構えられ、その周りにはとうもろこしが所狭しと植えられています。山の麓から中腹、高地にかけて、カカオやコーヒー、サイズの大きな多種の野菜果物が育ち、小規模でも市場はそれらの作物でとても色鮮やかです。人々は畑作業、牧畜の傍らで、裁縫や刺繍、編み物をしながら静かに暮らしています。

un poblado montanes

in a Tzotzil village

muchacha Tzotzil

収集した薪を背負って歩く人々と追い越し際に挨拶を交わしながら、ゆっくりゆっくりと標高を上げ、また下げては上げ、ようやくサンクリストバル・デ・ラス・カサスの町に着きました。2,000mを越える高地にあるため、蒸し暑く蚊の多い低地から来ると、ここは天国のようです。目指すはとあるご夫婦が約7ヵ月前に始められた宿、ペンション・アレグレです。

iglesia

mujere Zapatista tejerand

sancri


「ジンボさんですか?」

先月、メキシコシティにある某有名日本人宿の茶の間でひとり夕食をとっているとき、一人の細身の男性が入ってきてそういわれました。目の前に立つ彼の顔を見て、あの日出会った男の顔と名前がすぐ浮かんできました。このとき、互いが互いの顔に弱冠現れている時の流れを確認しあったのではないかと思います。

約8年前の2010年の9月28日、西アフリカのガーナにあるギニア湾沿岸の町タコラディ郊外を走行中、道端で会い、短い会話を交わした旅人がその彼でした。彼はガーナ人の友人と一緒にいて、町を案内してもらっているところでした。カカオで知られるガーナでも、メキシコのようにとうもろこしを使った主食が多く、蒸し暑さの中を漕いで行く道の脇にはとうもろこし畑やらソルガムきび畑やらが広がっていたのを思い出します。

ninos y ninas en Ghana

cacao seco

semillas de cacao (costa de Marfil)

後から聞いたことですが、彼はそのときマラリア明けだったそうで、実は僕も彼と出会った2日後、そのバトンを受け継いだものとは露知らず、マラリアを発症し倒れているのですが、彼はその後にも、計11ヵ月のアフリカ滞在中、さらに2度マラリアを患ったとのことです。ちなみに、マラリアには予防薬はありますが、予防接種はありません。僕は副作用を心配して予防薬は服用せず、治療薬として、当時はガンビアで購入したコアルテムという薬を運んでいました。町でも在庫がないこともありますし、薬の手の入らない辺境で発症してしまったら大変です。マラリア感染地域に入る際にはできるだけはやく薬を用意して対策されることをお勧めします。

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交わした会話は10分にも満たない時間だったと思いますが、強く記憶に残っていたのは西アフリカで出会った数少ない日本人であったということよりも、首に白いタオルをぶら下げた彼が見せる、飾り気のない優しい表情のためであったのかもしれません。

もの静かで優しくて、やることはやりとおす芯のある男といった感で、「そういう振りをしているだけ」だといってしまう人柄。彼のことを知れば、マラリア原虫からさえも愛されてしまうのも納得がいきます。通り過ぎていく自分の旅と違い、各地で一箇所に長く滞在しその土地に住む人々の中に入って濃い出会いを繰り返しながら6年半、飛行機も使わずに世界を旅してきた男。そんな男の旅は、2014年10月、やはりそのメキシコシティにある某有名宿での旅人との出会いによって、一人ではなく二人三脚で行く新たなステージに入りました。その旅人が彼の今の奥さんです。

la cocina alegre

呼鈴を押すと、ドアの向こうから彼が現れ、奥さんが現れ、温かく迎えてくれました。奥行きのある平屋で、玄関から開放感のある広々とした居間が覗きます。ハチドリも遊びにやってくる和みの庭には貯水池があり、その背後には桃の木が立ち、まだ熟していない緑色した実をいくつもつけていました。年が明けてしばらくすると、桃の花で白く染まるのだそうです。長く居ると気を遣わせてしまうとは思っていたのですが、結局居心地良さにあっさり白旗を揚げ、僕はここで予定より長く滞在してしまうわけです。

entrada

宿の名前になっているスペイン語で“明るい、嬉しい、幸せ”といった意味のアレグレという言葉はまさに奥さんの代名詞であるように思えるのですが、この空間にいる人、宿泊している方々みんながそういう気持ちになれるようにとつけてあるのだそうです。しかしながら、庭に咲くブーゲンビリアのように華やかで明るい彼女の横で、一番幸せそうにしているのが、彼女の旦那さんであるこの男のように滞在中僕には見えました。

jardin alegre

とうもろこしも、ガーナやコートジボアールを中心に生産されているカカオも、中南米が原産で、ヨーロッパ人の到来により、後にアフリカに伝わっています。メキシコ南部にはテハテやポソルと呼ばれる、とうもろこしと炒ったカカオの種を粉砕してつくる飲み物があるんですが、オアハカ州で初めてそれに出会い、「これ何です?」と訊ねたとき、「bebida de dios (神の飲み物よ)」売り子の先住民女性がそう教えてくれました。

tejate

pozol (bebida de dios)

以来、汗で重たくなったシャツで町々に着けば、神からの恵みであるその飲み物を探して、砂糖を多めにポルファヴォールしてはよく飲んでいます。汗と疲れが引いて再びペダルを漕ぐ力を与えてくれます。とうもろこしのみならず、カカオが古来からこの中南部アメリカ大陸で暮らすマヤや他の先住民の人々にとってどのような存在で在り続けてきたのかを感じさせる、シンプルで実に印象的な言葉でした。

campo de maiz

cacao

人の移動、物や言葉や文化の伝播。異なる離れた土地土地でも、そういったものが繰り返し為されて、多くのことが重複して混ざりあって世界は今に至っています。旅を続けていると、そう実感する場面が訪れます。自分の体験を通してそう感じられたとき、僕は旅をしていてよかったなぁと思います。今回の思いがけない再会を通してもまた、僕の頭の中である2つの点が線になり繋がりを持ち始めました。

cacao

同じ時代を旅してきた彼と再会できたことがうれしくて、放浪生活に区切りをつけ、「久々に住所を持った」という彼の暮らしを見るのが、何だか自分のことのように微笑ましくて、今回の出来事を書き残さんと、2人が新生活に選んだ町を見渡す丘に建つ、風通しの良い教会の中にて、今こうして筆をとっている次第です。旅人の間ですでに話題になっているこのコンビが創り出す美味メシの時間が近づいてきており、ヨダレを吸い上げるのに忙しくて集中できません。

buen provecho

これは無公開で真の世界旅をしてきた、僕が尊敬する大好きな一人の男の紹介であり、その彼との8年前の出会いを、マヤの土地を旅しながら、記憶を辿り顧みて書かれたものです。マヤの人々の生活に触れ、この“アレグレな男”に会ってからサンクリを出てみるのはいかがでしょうか。

2人の宿の紹介は他の旅人がたくさんしているようなので、詳しくはそちらで確認ください。人が人を呼ぶ宿って素敵ですよね。

amigos alegres
※サトシさん瞬間どうもす!

パンダのような犬のパンディータ。ひょっこりどこからかやってきて居心地のよさにうっかり居ついてしまった猫の“ネコ先輩”もいます。

リョウスケ&ヒロミさん、宿で出会った皆さん、どうもありがとうございました。


en Ghana 2010




ペンション・アレグレ(Pension Alegre)
Flavio A. Paniagua 69, Barrio de Guadalupe,
San Cristobal de las Casas, Chiapas, Mexico
http://pensionalegre.site/

sigan bien hasta entonces

@San Cristobal de las Casas
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2018年3月4日~4月7日

days in playa



3月4日、前夜までの雨は止み、快晴の空の下テカテ国境に向かった。話題のアメリカメキシコ国境、それなりに厳しい審査になることを覚悟でいくも、他に待ち人もおらず、誰にも何も咎められることもなかったため、思わずあれよあれよとパスポートチェックなしで一度通過してしまった。それほど、’’下り’’の警備は緩いもので、その後自ら戻って受けた入国審査もやはり同様に緩いものだった。

現在一人数十万とも百万円以上とも言われる大金を越境斡旋業者に支払い、あるいは自ら危険を侵しあの手この手で、不法滞在者や麻薬取引に対する厳戒態勢の警備の中を不法に越えていくものが多いという’’上り’’のアメリカ行きとは雲泥の差。

"すばらしい天気だ、空を見てみろアミーゴ’’

入国スタンプをくれた職員の男性は明るく、彼の陽気さはいよいよ始まるラテンアメリカの旅への期待をいっそう高めてくれた。

la tienda

ruta de vino

cacto field

ぶどうの生っていない季節外れのワイン街道を進み、山を越え、コロラド川が行き着くデルタをかすかに遠くに見てからコルテス海に沿ってカリフォルニア半島を南下。距離表示はマイルからキロメートルへ。メキシコの道は路肩が狭く、当初は先が思いやられたけれど、町から離れると交通量はぐんと減り、またメキシコ人ドライバーの運転マナーは想像していたよりもずっと良く、ここまでそう危ない目に遭うことなく走ってこれた。

tacos

baja california

mar cortez

puertecitos-chapala

baja highway

この半島はサボテンが気持ち良さそうに生える非常に乾燥した土地で、3月は暑さがくる前の最後の涼しい月。しかしそうはいっても日中30度を越える暑さで、すぐに肌の色が変わった。どこまでいってもサボテンばかりなもので、正直走行中の景色にはすぐに飽きてしまった。ただ、見上げるほどの巨大サボテンをはじめ、奇妙な形をした大小さまざまな種々のサボテンに囲まれて過ごす一風変わった夜は、テーマパークの中にでもいるような不思議な感覚に浸ることができ、これぞサボテン半島を走る醍醐味に違いないと勝手に思い込んでは、今日はどんな形をしたサボテンの横で寝ることになるやらと、毎晩の寝床選びが半島走行における一番の楽しみだった。

in cactus field

cacto

DSC_0256.jpg

in cactus field again

snake zone

サボテンに好まれた半島には、数種のクジラもやってくる。アラスカからメキシコにかけての太平洋側はクジラが往き帰するクジラ海道になっており、なかでもこの半島にある潟湖はコククジラの繁殖地として世界的に知られているそう。彼らはアラスカから越冬のため、およそ10,000kmに及ぶ距離を2~3ヵ月かけて泳いでやってきては、春にまた同じ距離を、餌が豊富な冷たい北の海に向かって旅立っていく。「十分な脂肪の蓄えがあるので、北へ移動する間、彼らは食事をほとんど摂らないんですよ。」ロサンゼルスにいたとき、ポイント・ヴィセンテにある自然文化案内センター前で知識豊富な日系三世のボランティアスタッフがそう教えてくれていた。ちなみに赤ちゃんクジラは移動中もママクジラのミルクを飲むみたいだ。その量一日300~1,200リットルとか。赤ちゃんといってもクジラの赤ちゃん、スケールがでかい。

whales

ちょうど繁殖のため暖かいメキシコの海にやってきた彼らを間近で観察するベストシーズンに当たっていたのだけれども、ゲレロネグロにある潟湖でのボートでの観察ツアー参加代は安いものではなかったので諦めて、その替わりに、先にある湾でカヤックをレンタルして水旅することにした。なんでもそこでティブロン・バイェナス(ジンベイザメ)に会えると聞いたものだから、気持ちは高まった。 数日後、ムレヘの町の南にあるその湾に着き、サドルに跨りながら、カヤックのレンタルできる場所を訊ねた男性が人間の姿をした神様であろうとは思いもよらなかった。「私のを使えばいい、お金なぞ要らん」 そもそも、カヤックをレンタルできる場所なんてないようだった。「あそこに見えるのがわたしの家だ、明朝好きな時間に訪ねてきなさい」

bahia concepsion

サンディエゴから25年前に移住してきたというポールさんは神様兼ガラス工芸職人。バーナーの火でガラスの棒を変形させていとも簡単にクジラやシャチ、イルカを作ってしまう。周辺の家々含め、湾岸にある彼の家には環境保護の観点から電気はきておらず、生活にはソーラーバッテリーをつかっている。水が澄んでいるのでアトリエからティブロンやクジラが泳ぐ影が見えることもあるという。

paul-san

paul's art

水の上からはサドルの上からとはまったく違う世界が広がった。水面で浮いているペリカンのすぐ横を通り過ぎると、トロピカルな魚と、エイが海草の周りを好んで泳ぎ、その傍らでヒトデがその体をでーんと広げている。川と違って流れがないので、近くに見える島でも実際着くにはうんと時間がかかって体力を消耗する。無人島のビーチでの休憩を挟み4時間ほど漕ぎ、風が出てくる前に、暑さから逃げるように陸に戻った。ポールさん曰く、僕の後ろをイルカの群れが泳いでいたそうだ。ティブロンの影を探して、風で波立ちはじめた水面をアトリエからしばらく眺めていた。

water trip

uninhabited island

kayak

町の作りから、人、食べ物、物価などなど、激しい越境後の変化の中で、一番大きな変化はやはり言葉で、越境前に古本屋で購入したスペイン語の辞書を片手に、標識や看板に書かれた文字、野菜や果物の名前など、身近なものから単語を覚え頭に入れていく。ポールさんもそうだし、この半島にはアメリカ人旅行者やリタイヤしたアメリカ人移住者が多くやってくるため、彼らを相手に商売している人々などを中心に英語がずいぶん通じてしまう。こちらが一生懸命、数少ないボキャブラリーの中から単語を羅列して身振り手振りで会話を試みても、「英語でいいから」と冷めたい感じで言われてしまい、これじゃ練習にならんなぁと思うことが多々だった。

church

self taco

for pray 

そんな中、半島南部のロレトの町を走行中、妙にウェルカムなご夫婦に呼び止められ、ファーストフードレストラン兼ご自宅で滞在させて頂ける機会に恵まれた。世間はセマナサンタというイースター前の連休に入っており、メキシコ人観光客が半島に押し寄せ、町でビーチでどんちゃん騒ぎが連日続く時期。「こんな暑い日に発つもんじゃないよ」「こんな風が強い日に発つバカいやしないよ」、「こんな連休中の車が多い日に発ったら危ないだろ、もう一泊していきなさい。」 朝を迎えるごとにそんな風にいってもらえて、1泊のつもりが、結局1週間の滞在に。皿洗いや掃除、下ごしらえ用の野菜を切ったりして手伝わせてもらいながら、ペダルを漕いでいるときには触れることのない日常会話に触れた。この英語を全く解さない、おおらかなご夫婦との出会いが良いきっかけとなり、滞在中少しずつ少しずつボキャブラリーが増えていった。僕の片言ぶりに大笑いしながらも、毎日教え諭す姿勢で接してくれた2人のおかげで、“この先なんとかやっていけるはず”という中南米でやっていく手応えのようなものが得られ、ロレトを発つときには、なんだかずいぶん大きくなったような気持ちで走り出せた。

loreto

el bajon

実際は、入国から早2ヵ月発ち中央高原を走行中の今も、簡単なやりとりすらできず無力感にさいなまれる日々が続いていますが、これは誰もが通る道。いつの日か南米の旅が終わる頃にでも、ご夫婦に突然電話して、少しは上達しているだろうスペイン語であーだこーだと話し、2人を驚かせて喜ばせることができたならばさぞ素敵だろうと、そんなどっきり電話を実現できる日が来ることを夢見て進んでおります。

gracias sandra y eduardo



クジラとサボテン、そしてアメリカ人に好まれた半島で、こうして僕はラテンアメリカ旅の小さな初めの一歩を踏み出した。

landscape



@Mexico City

2017年12月29日~2018年1月27日

layer


年末に風邪をひき、29日の夜に発熱、頭痛にうなされ新年を待たずにこのままテントの中で逝ってしまうんじゃないかと弱気になっていた。なんとか朝を迎え、なんとかパッキングを終え、なんとか走り出せた。サドルに跨ったらあとはペダルを漕ぐだけ、体にさほど負担はかからない。

camp

数日休もうと思って辿り着いた雪色をしたモアブの町で、ガソリンスタンドのスタッフに裏でテント泊する許可を求めた。返事はNo。アウトドアのメッカらしく宿泊施設がたくさんあるこの町ではこの手の方法は通じないようだ。その代わりに3mile先にアメリカで一番安いといわれるホステルがあると教えてくれた。北米でのドミ泊など端から諦めていた僕は、それまで料金を訊ねることさえしてこなかったのだけれど、”行くだけ行って、聞くだけ聞いてみるか” と、期待を持たないようにして行って聞いてみて、びっくり仰天。オフシーズン料金で通常の半額の1泊6ドルでベッドをもらえた。北米最初で最後であろうドミトリーにこの体調が悪いときにありつけるなんて。こうしてめでたく安静に滞在できる環境を得ることができ、年越しはユタ州のモアブで過ごすことにした。

案内された6人部屋に入ると、中に先客がひとり。僕と同じくらい量のある荷物に先ず目が行く。握手を交わしてからシーツをベッドにかける。シーズンオフのドミは静かで快適。一人になれるし、荷物を置けるスペースも十分。誰かいればお互いにその気があれば濃い話もできる。話をするには1対1が一番。友人同士ではないので、距離を保ちながらお互いに気が向いたときだけ話をすれば良い。先客のジャックさんはミシガン州出身の65歳。もうかれこれ数ヶ月住み着いているそうで、入居予定の公営住宅の入居日をここで待っているという。6人部屋は僕らと僕らの荷物だけですでにいい感じに満たされていた。自己紹介もそこそこにこの日はベッドに横になった。

翌日昼前に目覚めると、咳が出るほかは体調は大幅に回復していた。何も気にせず眠れて、なんといってもテントを畳まなくてよいのが有難い。昨夕は認識できなかったけれど、ジャックさんのベッドの横にはゴルフセットが壁に寄り掛けてあってベッド下には各々5kg以上はある丸い石が2つ置いてある。

「侵食された丸石は手に優しい。タダだからいつでも簡単に捨てられるしな。」少し上流のコロラド川で拾ってきたというこの石でジャックさんは毎日ベランダでダンベル体操をして鍛えている。アメリカは、一体誰に医療にアクセスできるのかと思ってしまうほど医療費が高いため、医療機関に世話にならないように健康でいることはとても大事なこと。健康に良いというオメガ3という脂肪酸を魚缶で摂取し、18時以降は何も食べないように長く心掛けてきたらしい。ジャックさんはずいぶん前に奥さんと別れたらしく、子どももいるようだけど疎遠でずいぶん前に会ったっきりだそうだ。

「明日、アーチーズ国立公園にでもドライブにいくか?」 ジャックさんが夕方そう持ちかけてきた。引きこもりたかったのと、ここを出たら自分で自転車で行こうと思っていた場所だったのでそう伝え断った。なんだかジャックさんはえらく淋しそうだ。“本当に断って良かったのか、そうそうないんじゃないのかこんな機会は…” 耳元でキン消しサイズのミート君のような少年が自分の決断の是非を徐々に問い始め、数時間後ついにそれを覆してしまった。「キャニオンランズ国立公園はどうですか?少し距離長くなりますけど、ガス代出すんで。」 短い会議の結果、朝日を見に行くことになった。つまり、初日の出だ。引きこもる予定だった元旦の予定は予想外な展開でわくわくプランに塗り替えられた。

「しかしスマートフォンってやつぁ本当スマートだよなぁ」

無意識に口にしてしまったことに照れた様子で、ジャックさんはベッドで横になって日の出の時間をスマートフォンで調べている。朝6時に発つことになり、5時30分にアラームをセットして、あとはスマートフォンが設定どおりにスマートに起こしてくれることを信じて消灯。年が変わった朝、湯を沸かして作ったコーヒーを互いにサーモボトルに入れ、ジャックさんの車に乗り込んだのが6時ジャスト。非常にスマートな展開だ。

真っ暗で何も見えなかったけれど、町を出るとすぐコロラド川を渡った。ジャックさんはあれこれキャニオンランズの峡谷が形成された経緯を僕に語りかけてくれている。話を100分の1に小さくして簡単に要約するとキャニオンランズはコロラド川とグリーン川の浸食によってコロラド高原に形成された2つの峡谷が眺められる場所ということでいいと思う。地質学者であるジャックさんはこの分野のスペシャリストだ。グランドキャニオンでガイドをしていたこともあるらしく、「岩壁に描かれているのは地球の歴史だ。そのストーリーを感じながらグランドキャニオンを歩きなさい。」と口を酸っぱくして言われた。早朝だし元旦だし、入口ゲートに係員はいなかった。ジャックさんが持っているシニアパスを見せる必要さえもなく国立公園に入る。ここもアーチーズもジャックさんはもう何度も来ているので速い速い。

メサ・アーチという場所につく頃にはもうライトがいらないくらい明るくなっていた。眺望ポイントまで少し歩くとすでに15人ほどの人が来ており、水による浸食で形成されたアーチ状の岩の周りに集まっている。このアーチの内側から見る日の出がどうもオツらしい。7時半すぎにようやく日が上り、カァーと明るくなり光線がアーチの中に一気に入ってきてアーチの内側は燃えるような色になった。

first sunrise

初日の出なんて見たのはいつぶりだろうか。少なくとも旅を始めてから迎えた9度目の元旦にして初めてのこと。ジャックさんのおかげで感慨深いシーンとともにすばらしい新年のスタートが切れた。横で遠くを見つめているジャックさんにそうお礼を伝え、「前にいつ初日の出を見たのか思い出せないんですよ」と、色を変えていく大地を見ながら呟く。少し間を挟んで、かすれたような声が返ってきた。

「わたしも思い出せんよ」
「太古のむかしのことだ」


光線を浴びながら合掌。自分が信仰の対象にできるのは自然だけだなと改めて思った。お天道様は今年も僕の行く道を照らし見守ってくださるだろう。

view

canyonlands

green river

white trail

snow deers

他のいくつかの眺望ポイントに寄り、11時前には国立公園を後にした。「まだまだ見所はこれからこれから」とジャックさんが僕に見せたくてたまらんとばかりにうれしそうに車を走らせてくれた先はたくさんの恐竜の足跡が見られるという場所。

dinosaur model
※ちなみにここじゃない

およそ45億年前に誕生した地球の上に、恐竜が生きていたのはおよそ2億3500万年前~6500万年前の間の1億7000万年間と推定されている。鳥類は恐竜の子孫と考えられているそうで、鳥以外の全ての恐竜は隕石の落下で絶滅してしまった。この隕石落下による絶滅説は極めて有力な説らしい。人類の祖先が東アフリカに出現したのはわずか数百万年前のことだ。恐竜がいかに長く地球上に存在していたかがわかるし、地球の歴史の途方もない長さも漠然と頭に入る。足跡はかつて沼地だったところにつけられたもので、やがてそこに土砂が堆積、その後土地が隆起した拍子に昔の地層が押し上げられて地表にでてきたものだそうだ。全体の半分も理解できなかったけど、車内でジャックさんの話を聞いているだけでとても面白かった。

human history

幹線をおりると雪道になり、もう少し走るとやがて到着。他には誰もいない。車を下りてジャックさんのあとについて雪道を歩いていく。

「…」
「バカな…なんてこった」

雪が化石のある地表を覆っていた。浅い雪ではあるけれど、囲いの中に入って雪を取り除く行為は許されない。

「すまん…雪のことを考えてなかった」

期待していたわけではなかったので、若干申し訳ないほど、僕はショックなど受けていなかった。どうせなら見たかったけれど、足跡が見れないことを悔やむ気持ちよりも、ジャックさんの意気消沈した姿に、そんなにも本気になってくれている姿に、ここに来られてよかったなぁとだけ思っていた。

fossil field

それに、このあと注意深く見て周ると、足跡がひとつ、その姿を地表に出してくれていた。でもジャックさんの表情は硬いままだった。僕に見せたかったのはもっと大きくてもっとスマートな足跡だったみたいだ。

footprint

e panel

町への帰り道、最後にコットンウッドとヤナギの木々が並ぶ川岸に止まり、朝はまだ暗くて見れなかったコロラド川を初めて拝んだ。キャニオンランズの眺望ポイントからはグリーン川は見れたけど峡谷が深くてコロラド川は見ることができなかった。泥をおびた赤い川は両脇の岩壁を映して黄金色に輝いている。これまでどおり、ジャックさんが説明してくれる。「土地の隆起と川による侵食が同時に進んで、昔は同じ高さで流れていた川は今では岩を削り谷を造り、自らが作った峡谷を見上げながら今も大地を削り続けているんじゃよ」

colorado river

走っていれば地球の大きさは日々感じられる。季節の移り変わりで地球が公転していること、日や月と星の動きで地球が自転していることを感じることもできる。でも大地の成り立ち、地球の歴史について深く考えたことなんて今までなかったんじゃないかと思う。

大満足の元旦ドライブを終え、宿のキッチンでサンドイッチを作って食べた。普段と何ら変わらないものなのに、なんだかそのサンドイッチが地層のように見えてしかたなかった。ベッドに横になると僕はすぐにうとうとし始めた。自分の咳で目覚め、ふと隣のベッドに目を遣ったときベッド下の2つの丸石がなくなっているのに気付いた。

J's


それから約3週間後、僕は数百キロ下流にあるグランドキャニオンの南壁に引かれたトレイルを歩いていた。もちろん約1500m下を流れるコロラド川と再び対面するためだ。

trail

最大幅およそ90mのコロラド川はおよそ600万年の時間をかけてパンをスライスするようにコロラド高原を垂直に削ってきた。また、それに付随して岩壁の割れ目に入り込んだ雨水や雪解け水は、寒い夜に凍ると膨張し岩を砕く。こうした侵食の繰り返しは、急速に、といってもほぼ人類史に相当するような時間を経て、長さ446km、平均幅16kmにもおよぶV字型の大峡谷を造り出してしまった。

g canyon view

C river

グランドキャニオンに露出している地層は18億4000万年前~2億7000万年前のものといわれている。岩盤部は傾いているけど、年代順にきれいに層になって堆積している。パークレンジャー曰く、上層にあった恐竜時代の地層は侵食ですべて洗い流されてしまったため残っていないのだそうだ。ちなみに、アリゾナ州北部にあるグランドキャニオンはグランドステアケースと呼ばれる地層が階段状になっている地形の最下部に位置している。その最上部に位置するユタ州南部のブライスキャニオンでは、9700万年前~恐竜時代よりも新しい5000万年前に堆積した地層が見られる。こちらの場合、古い地層は今も地中下に沈んでいるという理解でいいんだと思う。

layer chart

pedaling in the grand staircase nm

bryce

staircase chart


峡谷下部まで下がると最上部の森林帯とは全く違った植生になる。そこはサボテンが群生する半砂漠帯の大地だ。ようやく川岸に立った僕の前を流れる水は緑色をしている。水中の土砂は、大峡谷手前に建設されたダムが造り出したパウエル湖に堆積するからだそうだ。コロラド川の水はそこで垢を落としたあと、再び流れ始め、大峡谷へと入っていく。

zigzag

cactus

colorado river at the bottom of G canyon

glen canyon dam

仮にここで川底にある丸石をひとつ取り出したならば、それはひょっとしたら18億年もの前に形成された最下部の岩盤が侵食されたものである可能性もなきにしもあらずなわけだ。ちなみに国立公園内の植物、石、砂などの持ち出しは一切禁止されている。緑色した流れを前に、このとき僕は良からぬことを考え、悪い顔になっていたかもしれない。

hike up

川岸の岩に座り、地層サンドを食べてエネルギーを補給する。派手に下ってしまったからには派手に上らなければいけない。残念ながら楽な道だけではないのは世の常だ。下りとは違うルートをとり、めっきり落ちたペースで倍の時間を費やして一歩一歩上がって行く。聳え立つ’’岩壁に描かれたストーリー’’を見上げながら、2つの丸い石を使ってダンベル体操をしている人の顔が終始頭に浮かんで離れなかった。その人は僕に素晴らしい年の始まりと恐竜への関心、地球の歴史への関心を与えてくれた人であり、その人が手に握っているその丸石はコロラド川が地球史の末端の末端の末端に描いた短い短いストーリーそのものだった。

grand canyon view




新年最初の写真でがっつり目をつぶってしまいましたが、その分ジャックさんがスマートな表情をしているのでOKです。

with Jack-san


@Beaumont/California




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hiromu jimbo

Author:hiromu jimbo
I'm in a challenge to cycle around the world
since May 2009,started from Istanbul,Turkey.
Motivation for this journey just comes from big curiosity about the world.I'd like to see and feel the ordinary life of the people living in defferent cultures.

2009年5月末イスタンブールより
自転車世界一周挑戦中です。
世界で起きていることへの大きな好奇心がペダルを回しています。その土地で生きる人の日常生活を見ていけたらと思います。

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*special thanks to sekiji-san

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68,781km (May09-May14)
55,062km (July2014- )

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