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2020年12月25日

りんごと梨の木の白い花びらも、先月下旬にはほぼ完全に散り、一足先に花を散らせたプラムの木と競うように、長い日照時間の下で日々少しづつその果実を膨らませていっています。この時期、日没は21時半前後。22時を過ぎてもまだ視界が効く明るさなので、自然と薪を焚べ夕食を作る時間が遅くなってしまいます。

そんな小さな果実の成長を愛でる初夏は、羊毛刈りの季節です。羊たちを一箇所に追い込み、一頭ずつ首元に縄をかけ''青空サロン''に連れ出したのち、丸一年かけて伸びた羊たちの体毛はバリカンで丁寧に刈り取られていきます。同時に、雌羊の尻尾は交尾しやすいように、また、子羊が乳を飲みやすいように、ナイフで切り取られ消毒されます。一頭から得られる羊毛はおよそ2kg。まだ刈るほどの毛がない子羊たちを除いても32頭いるので、全体の作業は休憩を挟んで半日掛かりです。保温性に富んだモコモコした体毛による暑さから解放された羊たちは、身軽になった体で、涼しそうに太陽光で緑に煌めく草地に飛び出していきます。

刈った羊毛は天日で干してから、毛に挟まったゴミや汚れを取り除き、その後、町の紡績工場で紡がれます。昔はオーナー家族が手作業で行っていたようですが、手間を省くため、今では工場で行うのが主流のようです。

よく晴れた日の気温は20度を少し上回る程度。晴れた週末には海水浴を楽しむ人達も多く見られますが、雲で陽が届かない日には、浜辺はがらんとしていて日中でも気温は10度ほど。夜間など毛を刈られた羊たちが、若干肌寒そうに見えてしまうほどに、気温の穏やかなチロエの夏です。裸になった彼らとは対照的に、オーナーのママに頂いた手編みの羊毛セーターに包まり、モコついた上半身で寒い夏夜を温かく過ごさせてもらっている僕は羊たちに感謝しなければなりません。

春から始めた菜園の野菜たちは、順調に育ってくれています。11月中旬にはパセリにコリアンダー、少し遅れて青ネギも収穫できるほどに成長しました。オーナー家族, 上司家族にお裾分けし、自分用には必要なときに必要な分だけ切り取って頂いています。保存のことを気にする必要もなく、少量ながら新鮮野菜がいつでも食べれるようになり、食生活が豊かになりました。自分で世話して収穫した野菜で生きる満足感たるや、中でも自分で採ってきたアサリで大好物の佃煮を作って菜園野菜をちょい乗せして食べる満足感たるやこの上ありません。また食用とは別に、花観察用としてプランターのコリアンダーの苗を土ごと注意しながらペットボトル鉢に移植しました。すっかり成長したミントの鉢の隣で、すくすく背丈を伸ばし、今にも花を咲かせてくれそうな勢いです。

先月からナメクジ、カタツムリによるレタスとコリアンダーの葉への食害が深刻になり、誘引剤となる(頂いた)ビールでおびき寄せたり、灰をプランターと苗の周りに撒いたりして対策してきましたが、種以外にはお金を一切かけないでやっているこの菜園では、プランターの周りをきれいに保ち、夜中に見廻りにいって補殺するのが結局一番効果的であろうという結論に至りました。

木枝の鳥の巣に気づけば、木を伐ることを止め、土起こしの途中にミミズ、ムカデ、コオロギやらが出てくれば、安全な場所にそっと彼らを移動させてから作業を続け、テント内に入り込んだ蜘蛛やハサミ虫は殺めずに外に離してお引き取り頂く(蚊に関しては、叩き潰したあとまだ息があれば圧殺しています)。そんなふうに自分は最低限の生き物への慈しみを持ったごく普通であろう人間であるつもりでいました。

しかし、自分の世話する野菜たちに近づく生き物に対しては、こうも自分が非情になれるのかと思うほどに躊躇いのない毅然とした対応をとっています。子を持つ親の気持ちとはそういうものなのかもしれません。愛するものを守れない優しさなど、我が菜園には必要ないのです。

12月上旬には新たに二十日大根、ルッコラ、そしてズッキーニの種蒔きを終えました。どれもうまく発芽してくれ、よく育っています。古いドラム缶をグラインダーで半分に切り、底部にドリルで穴を開け、周辺で集めた小石を敷いたのち、羊の糞溜め場の土と有機肥料を混ぜて土を準備。菜園開始当初から野菜果物の皮や卵の殻などで作り始めた有機肥料は、生ゴミとミミズを加えながら日々掻き混ぜること数週間もすると、良い具合に発酵臭を放ち出しました。じゃがいも栽培のための種芋も、現在日光に当てて芽出し中です。

菜園を始めてから気づいたことは、土地土地の気候を直に感じられる手段で旅をしてきたためだと思いますが、その野菜の原産地がわかれば、なんとなくこんな環境、気候条件がその植物の栽培に適してるんだろうなと自然とイメージすることができることです。少なくとも自分が走った季節のその土地の気候は体で覚えています。こんなふうに放浪経験が野菜作りに役立つとは思っていませんでした。これはとても面白い感覚です。

ナイロンシートの脱着に始まり、水やりに草取り、有機肥料の世話、害虫駆除、羊鶏の見廻り、収穫、そしてときに、間引きに移植、追肥、プランターの配置換え格子替えなどなど、日に何度も菜園に足を運びます。外出するときも、菜園の世話のことがまず気になります。規模が全然違いますし、生活をかけてやっている方たちと自分の小さな楽しみ事とを比べることは失礼なんですが、8年半前に八ヶ岳南麓で就農した同い年のいとこが、気候天候に翻弄されつつ、一喜一憂しながら本気で野菜作りをしている楽しさや苦労を、今の自分が少しでも共感できることに、喜びと成長を感じたりしています。

アメリカやイギリスで今月中旬いよいよワクチン接種が始まりました。昨日から始まったチリを含め、他の中南米の国々でもすでに何カ国かで接種が実施されているようです。イギリスで感染拡大しているという変異種のウイルスが今後どう影響を及ぼしていくのか気になるところですが、コロナウイルスへの対抗策がいよいよ実用化され始めたこの一歩には勇気づけられます。

チリ国内の感染者数は、12月25日現在約60万人。8月からは1日あたりの感染者数はおよそ1500~2000人前後で推移しています。感染ペースの沈静化を受けて、先月11月23日より首都サンティアゴの空港からの入国に限り、外国人旅行者の受け入れが始まりました。僕の向かう先であるチリ最南部マガジャネス州のプンタ・アレナス含め、ロックダウンしている町はまだいくつかあるようですが、それらを除く地域では、0時~5時までの外出禁止や他のいくつかの規制の下、ある程度自由に移動できる状況であるようです。チリ人の相方は今月初めに島を去り、今はサンティアゴ近くの町で働いています。

チロエ島に関しても、完全にチリ本土とは隔離された、チリ内にあるもう一つの別の国のような状況にあったのですが、それも今月22日より入島規制が試験的に緩和され、島外からの観光客の受け入れが開始されました。入島にはPCR検査の陰性証明書の提示が必要なようです。

一方で、陸路国境は依然閉ざされたまま。本日まで約156万人の感染者が確認されている向かう先のアルゼンチン(当面の目的地ウシュアイアへ陸路で行くにはチリ→アルゼンチン→チリ→アルゼンチンと越境を繰り返す必要有り) では、大統領令により、非居住者の入国禁止が1月31日まですでに延長されています。観光ベストシーズンを迎えた今、動き出したい気持ちでいっぱいですが、出国できる目処が立たぬ状況において、超過滞在の身で国内をふらふら旅することは憚られるため、陸路国境が開くまでこの地で待つということで、僕の状況には変化はありません。 

先週末は2日間続けて、町の中心部へと久しぶりに自転車で行き、先月からオーナーの家の増築工事で来ていた大工さんの下で、彼の家族のための家建設作業のアシスタントとして働いてきました(ボランティア)。自分が希望しての行動なので、キャンプ場で働かない日はキャンプ代(1泊約700円)を払うべきであろうと、その前日に支払いにいくと「お前は俺のアミーゴだろ。いいからたくさん学んでこい」と、いつものようにオーナーは温かい言葉をくれ、気持ちよく送り出してくれました。

水平と直角を取り、ヒノキの丸太を柱にしての基礎作り。キャンプ場での仕事と比べると、拘束時間もうんと長くハードな肉体労働で仕事後は何もする気にもなれません。クタクタで帰ってもメシが待っているわけではないのが辛いところですが、勉強したかった家作りを、工程の初めからこの目で見て勉強できるのは楽しくわくわくします。年末年始休暇を挟んで、週1日または2日という緩やかなペースで作業は続く予定です。

2月には国境が開かれるのか、それともさらに長引くのか。素早く旅が再開できるように準備を整えつつ、仮りにさらなる長期戦になろうとも、この島で引き続き有意義な時間を過ごせるように、''楽しみの生る種''を見つけては、蒔き続けていきたいと思っています。


@Quellón/Chiloé


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2020年10月16日

9月18日はチリの独立記念日。浜辺には凧あげやビーチバレーをして楽しむ地元ケジョンの人々や島内からやってきたたくさんの訪問客の姿がありました。普段は閑散としているので、国旗をたなびかせた車が往来する光景はなんだかパンデミックの最中とは思えないものでしたが、例年この18日は飲んで歌って踊って殴り合っての無礼講スタイルでのドンチャン騒ぎの日らしいので、やはり異常な静けさだったようです。

この日の前後から、季節が忙しく移ろい始めました。緑草地には黄色いたんぽぽが点々と輝き始め、白いプラムの花には、ハチドリが集まり羽ばたきを休めることなく蜜をついばむ姿が。羊に食べられなければ、傘のような大きな葉をつけるナルカ (グンネラ・ティンクトリア)も順調に立派な葉を広げていました。

10月に入ると、ナシとリンゴの木もそろってその蕾を出し始め、少数ですが花びらを魅せてくれています。3月に島にやってきたときは収穫期でどこを走っても果実をたわわに実らせた木々が立っているのが見られました。チリ人の相方ともぎ取ったりんごを煮詰めてジュースを作り、休憩時に飲みながら草刈りしてた4月の風景が昨日のことのように思い出されます。朝晩はまだ冷えますが、日中は15度前後まで気温が上がります。朝露が乾いた晴れた日の午後に、草地に寝っ転がって空を見上げれば、新葉をまとったポプラの高木が風でゆっくりと優雅に揺れています。ぽかぽか気持ち良くていくらでもそうしていたいような気持ちになってしまいます。

8月中旬から相方が養殖サーモンの加工工場で働き始め、食事も向こうで摂るので、ボランティアの作業も、キッチン小屋での時間も自分ひとりになりました。島も国境も相変わらず閉まったままですが、こちらでの生活は少しづつ変わっていっています。

長年やりたいと思っていた菜園を、8月末日からひとり始めました。羊の糞捨て場の土を鍬で耕して、乾燥させながら雑草を取り除き、牧草地用の肥料を混ぜて土を準備。9月4日にパセリの種を撒いて以来、数日置きで新たなプランターを用意し、コリアンダー、青ネギ、 レタス、島にんにく、人参、と徐々にプランターの数を増やしていきました。また、自生しているミントを鉢に移して自分のテントの横に置き、こちらは観賞用にしています。水やりにはペットボトルの底に針で穴を開けたものをジョウロとして代用しています。

雨が降る度に、小さいものでも一箱20kgはあるであろうプランターをそれぞれ屋根下に移動する日々に効率の悪さを感じたこと、また、こちらの菜園愛などお構いなしの羊たち鶏たちに、種をほじくり回される暗黒の4日間を経て、羊鶏対策の必要性を強く感じたことから、”ここしかない”と、日当たりが良く雨がある程度防げ、且つ、動物から守れる工夫を取り付けられそうな物見櫓下のスぺ―スを、我が菜園の地として勝手に定め、景観を崩すことはできないため簡素なものしかできませんが、潮で前の浜辺に打ち上げられたロープを引っ張ってきて繋ぎ合わせ、簡単な囲いを作りました。

長く主不在の各キャンプ小屋からバーベキュー用の金網を拝借し、プランターに被せ上からの攻撃に対応。それでも囲いの隙間を通り抜けられ、金網の隙間から踏みつけられ種を掘り起こされてしまい、数度、心を折られましたが、日光はしっかり通してくれるという防鳥ネットなるものを倉庫からやはり拝借し金網上に敷くと、問題は大分改善されました。

10月9日、最後に種蒔きした人参の発芽を確認。これで種蒔きした6種の野菜すべてが無事に芽を出してくれました。ミミズをたくさん宿すこの羊の糞で肥えた土壌には育めないものなどないのかもしれません。コリアンダーと青ネギの苗が特にその土壌ですくすくと伸び、もう直接プランターに金網を被せることができなくなったため、ちょうど木枝で作った格子で高さを持たせ、その上から金網を置いたところです。間もなくレタスの苗の移植も行わなければなりません。

夜はまだ2度ほどまで気温が下がるので、冬季に羊用の発酵飼料を包んでいた大きなナイロンシートを切ったものを被せて防寒しています。毎朝そのシートをとって苗たちの成長を見るのが何よりの楽しみです。

こんな感じで、ずっと夢見ていた小さな菜園を、他に行くところがない状況で辿り着き、受け入れてもらえた唯一の場所で楽しめている僕は、運が良いとしかいいようがありません。許可なしで勝手に占拠した物見櫓下のスペースを、”Dale, nada más” と快く使わせてくれているオーナーに心から感謝です。

パンデミックの間、眠っている自転車はシートを被せ、他の空いているキャンプ小屋内に置かせてもらっていますが、横雨と潮風によりどうしても錆が進行してしまいます。今月は、錆び着いた自転車のキャリアとディレイラーガードにスプレーで塗装を行いました。キャリアを外したならば、いっそのこともう少し手間をかけて、同時に自転車フレームも塗装してしまったほうが、作業上、楽なのですが、フレームの色は帰国するまでは上塗りしたいとは思えず行いませんでした。傷や汚れ、塗装の剥がれなどすべて含めて日本に持ち帰りたいどこかにそんな想いがあったからです。

前にキャリアを塗装したのは8年前の喜望峰まで遡ります。そのときもやはり園芸場で働きながら3ヵ月間テントで滞在させてもらっていたときでした。冬場には、浜辺で拾い集めたプラスチック素材を使って、キャリアに古チューブで縛り付け普段パニアバッグとして使っているプラスチック製バッグの修理も少しづつ進めていました。

日々体は動かしていますので、心身、自転車に装備共々、島と国境が開いたとき、万全な状態で走り出せる準備はできているつもりなのですが、周知のとおり、いくら待てどもパンデミックが終息する気配すらまったく感じられません。とことん満足するまで走り切っての帰国を頑なに唱えてきましたが、拡大し続ける伝染病に、せめて大陸最南端まで、想い続けたパタゴニアの地をしかと走って体感し、一区切りつけてからの帰国とできないものだろうか、そして残りはまたいつの日か出直せばよかろうという気持ちに変わりつつあります。

10月16日現在、チリの感染者数は約49万人、一時に比べると感染者の増加ペースは落ち着いたものになっているのは明るい兆しなのですが、8月以降、向かう先のアルゼンチンで、感染が急速に拡大しており、短期間で国境が開き前に進めるようになる見込みは極めて低い状況と言わざるを得ません。しかし、パタゴニアに観光シーズンがやってくることを考えれば、その可能性はゼロではないと思うので、僅かな可能性に賭けて引き続き腐らず待ちたいと思います。

木こりに潮干狩り、そして、小さな菜園。幸いなことに、余計なことを忘れて、自分が夢中になれることをここでの暮らしの中でいくつか見つけることができました。足止めされたこの場所で得られた体験をとおして自分を成長させることが出来たと、いずれここを発つときに、そう思える日々が送れたならば、この先どんな未来が訪れようとも、僕はきっとその未来で背筋を伸ばして生きていくことができると思います。進路が塞がれた状況でも居場所があり、そんなふうに思える暮らしを今日までそこで送れている僕は幸せ者です。


@Quellón/Chiloé

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hiromu jimbo

Author:hiromu jimbo
I'm in a challenge to cycle around the world
since May 2009,started from Istanbul,Turkey.
Motivation for this journey just comes from big curiosity about the world.I'd like to see and feel the ordinary life of the people living in defferent cultures.

2009年5月末イスタンブールより
自転車世界一周挑戦中です。
世界で起きていることへの大きな好奇心がペダルを回しています。その土地で生きる人の日常生活を見ていけたらと思います。

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*special thanks to sekiji-san

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68,781km (May09-May14)
75,731km (July2014- )

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